2016年3月23日水曜日

三学期終業式式辞

 昨日は高校入試の合格発表でした。1年前、2年前を思い出し、そのころ自分が思っていたことと今の自分を、誰しもがそっと比べていたことと思います。学年の締めくくりの時期、今年度を振り返り、来年度の目標を立ててもらいたいと思います。


 さて、今日は内村鑑三、明治の思想家で、無教会派のキリスト教徒の立場からヒューマニズムを説いた人ですが、彼がその著作『代表的日本人』において描いた西郷隆盛について、お話ししようと思います。西郷隆盛は明治維新を中心となって遂行し、また、最後の士族反乱である西南戦争において政府軍に敗れて自刃しました。
 天の命は誰の生涯にも呼び掛けている。しかし人間は、自分の思いで頭も胸もいっぱいで天の声がよく聞こえない。そうした時、人はどうしたら天の声を聞きうるのかを主軸に、内村は西郷隆盛について語っています。西郷の生涯は「天の命」に貫かれている。そして天の声を聞くための人生の道行きとして、西郷は「敬天愛人」を説きます。
 力で人を圧しない。人を自分の思い通りに使わない。他者のために自分をささげる行為を繰り返すことで、天の命が西郷の生涯にまざまざと現れてきます。
 隆盛は男4人女2人の6人兄弟の長男でした。動作ののろい、おとなしい少年で、仲間の間では間抜けで通っていました。少年に初めて義務の心が芽生えたのは、遠縁の一人が、隆盛の面前でハラキリをする光景を目撃したことによる、といわれています。その男は、まさに刀を腹に突き刺さんとして、命というものは君と国とに捧げなければならない、と若者に向かって語りました。若者は泣きました。その日受けた強烈な印象を、一生、けっして忘れることはありませんでした。
そののち西郷は陽明学に傾倒し、また禅の思想にもいくらかひかれました。禅の思想に惹かれたのは「自分の情もろさを抑えるため」とのちに友人に語っています。若い西郷は江戸で水戸藩の当時大変人気のあった儒学者藤田東湖に会い、意気投合しました。そのあと薩摩に帰った西郷は討幕運動に加担します。そして西郷は幕府から逃げている勤王派の僧侶月照からその保護を頼まれましたが、守り切れないとわかった西郷は、月照に死ぬことを提案し、同意を得ました。月の明るい夜、2人は船で海に漕ぎいで、手に手を取って海中に身と投じたのでした。水音に眠りから覚めた家来はすぐに2人を捜索しました。二人の体は引き上げられ、西郷は息を吹き返しました。しかし、月照の息は戻りませんでした。西郷は友人に対する人情と親切の証として、自らの生命をも惜しまなかったのでした。この弱さ―禅によって抑えようとした「情のもろさ」―こそ、西郷を西南戦争に巻き込ませ最後の破滅に導くことになるのです。
 そのあと薩長連合が結成され、幕府より大政奉還の上表が出されましたが、1868年1月、鳥羽、伏見で戦争がはじまりました。西郷の沈着冷静は、伏見で最初の戦いの火ぶたが切られた時の官軍の頼みの綱でした。前線から使者が来て報告しました。「援軍を送られたい。一小隊のみで敵の激しい戦火にさらされています。」西郷は告げます。「諸君が全員戦死したなら送ろう。」使者は帰りました。敵は撃退されました。このような司令官を持つ方が勝たないわけはありません。明治新政府ができて西郷のもくろんだ方向に新政府は動き始めました。西郷は薩摩に下がっていましたが、政府に呼ばれて上京し、参議という要職につき多くの仕事をしました。ところが征韓論の政変に巻き込まれます。これまで人前で怒ることのなかった西郷ですが、このとき岩倉具視らがとった卑劣なやり方にはさすがに激高し、直ちに郷里の薩摩に引退しました。
 西郷の生涯で最も残念なのは最後の時期だとされます。彼の生来有した「情のもろさ」が西郷を反乱軍との結盟に向かわせたとはよく言われるところです。西郷は言うまでもなく時の政府に対し強い不満を抱いていました。しかし、彼ほどの分別のある人間が、ただ怨恨だけの理由で戦争を始めるなどは想像しがたいことです。20年前、客人を歓迎するしるしとして自分の命まで提供することをも約束した西郷は、今再び自分を敬愛する人たちのために、友好のしるしとして、自己の生命、自己の名誉、自己の一切を犠牲にするに至ったのかもしれません。西郷の生活は質素でした。普段着は薩摩がすりで、幅広の木綿帯、足には大きな下駄を履くだけでした。この身なりのままで宮中の晩餐会であれどこへでも行きました。
西郷の作った漢詩があります。
   我が家の法、人知るや否や
   児孫のために美田を買わず
 西郷は人の平穏な暮らしを、決してかき乱そうとはしませんでした。人の家を訪問することはよくありましたが、中の方へ声をかけようとはせず、その入り口に立ったままで、誰かが偶然出てきて、自分を見つけてくれるまで待っているのでした。
西郷は口論を嫌ったので、できるだけ、それを避けていました。あるとき宮中の宴会に招かれ、いつもの平服で現れました。退出しようとしましたが、入り口で脱いだ下駄が見つかりませんでした。そのことで、誰にも迷惑をかけたくなかったので、はだしのまま、而も小雨の中を歩きだしました。城門に差し掛かると、門衛に呼び止められ、身分を尋ねられました。普段着のまま現れたので怪しい人物とされたのでした。「西郷大将」と答えました。しかし門衛は、その言葉を信用せず門の通過を許しません。そのため西郷は、雨の中をその場に立ち尽くしたまま、誰か自分のことを門衛に証明してくれるものが現われるのを待っていました。やがて岩倉具視大臣を乗せた馬車が近づいてきました。ようやくはだしの男が大将であると判明、その馬車に乗って去ることができました。
 西郷の文章です。
「天はあらゆる人を同一に愛する。ゆえに我々も自分を愛するように人を愛さなければならない」
「人の成功は自分に克つにあり、失敗は自分を愛するにある。八分通り成功していながら、残り2分で失敗する人が多いのはなぜか。それは成功がみえるとともに自己愛が生じ、つつしみが消え、楽を望み、仕事を厭うから、失敗するのである」
「機会には二種ある。求めずに訪れる機会とわれわれの作る機会とである。世間で普通に言う機会は前者である。しかし真の機会は、時勢に応じ理にかなって我々の行動する時に訪れるものである。大事な時には、機会は我々が作り出さなければならない。」
判断のとき、忘れてはいけないのは、機会は、「私の」機会ではないという点です。「私」の希望が、どうしたら「他者」の幸福に貢献しうる希望になっていくかを考え続けたのが西郷の生涯でした。「生きる」とは、西郷にとって無私とは何かを問う道だったのです。
本当のことは、強き者や明らかになっていることにあるのではなく、弱き者や隠れたもののもとにある。それを示す存在として、西郷隆盛を忘れることはできない、―内村鑑三はそう言いたかったようです。


明治維新という大きな革命を推進する最も大きな原動力と言える西郷隆盛。その強烈な個性の持ち主が、私というところから最も遠い考えを持っていました。現在の私たちは私の目標、私の人生ということをまず第一として考えることが多いように思います。しかし、真逆の「私の」を捨てた生き方、人のために、あるいは正義のために、あるいは理想のために、という生き方が、かえってその人を輝かせ、個性をくっきりと浮かび上がらせるということもあります。もちろんこのような考え方は危険とも隣り合わせです。正義と信じるものが実は誤りだったということもあるからです。そういうことも決して忘れてはなりません。ただ、己を追求するだけが人生ではないということも言えるのではないでしょうか。正義とか理想とかはなかなか口にするのは気恥ずかしいようなところもありますが、とても大切なことだと思います。


今日は内村鑑三の説く西郷隆盛についてお話ししました。それでは春休みが充実したものとなることを祈っています。


(『100de名著 ひとはみな「永遠」を生きる 内村鑑三 代表的日本人』若松英輔著 NHKブックス に多くを負っています。)

2016年3月4日金曜日

卒 業 式 式 辞


  柔らかな春の穏やかな陽気に降り注ぎ、梅の花も馥郁と香るこの今日の佳き日に、香川県教育委員会より教育委員 平野美紀 様をはじめ、香川県議会議員 平木享 様、PTA会長 小原浩司 様ほか多数のご来賓の皆様のご臨席を賜り、ここに平成二十七年度香川県立高松桜井高等学校卒業証書授与式をかくも盛大かつ厳粛に挙行できますことは、校長としてこの上ない喜びであり、厚くお礼申し上げます。

 さて、晴れて今日の日を迎えた普通科3年生二百七十九名の皆さん、卒業誠におめでとうございます。本校を代表し、心からお喜びを申し上げます。先ほど、皆さんの代表に卒業証書を授与しましたが、それはただ単に本校で規定の単位を修得したということに対してのみではありません。皆さんは十五歳から十八歳という多感な時期に、本校において学業のみならず、部活動や学校行事、生徒会活動やボランティア活動、あるいは友人との交流などを通して、様々なことを経験し学びました。楽しいことや嬉しいこともあれば、苦しいことや辛いこともあったことと思います。その中で皆さんは心身ともにたくましく成長し、皆さんの個性を伸ばしてきたことと思います。そのような皆さんの3年間の頑張りに対しても授与された卒業証書と考えています。
 
 今日、世界は、ますます変化の速度を早めています。流動化している大国の力関係、地域紛争や頻発するテロ事件、環境問題や資源・エネルギー問題などの課題が世界のなかで絡み合いながら私達の前に立ち現われるようになりました。国内では少子高齢化がさらに進行するなかで、情報化、グローバル化がますます進み、経済格差が拡大しており、暮らしやすい地域社会をどのように作っていくかが大きな課題となっています。そして、次代を担う皆さんには大きな期待が寄せられているのです。
 
 さて、これからはみなさんの多くが、住む場所が変わり、否が応でも他人と違う自分を強く感じることと思います。奇しくもみなさんは選挙権を日本で最初に十八歳から行使する世代となりましたが、この門出の時の皆さんに私が望むのは、「個としての自立」ということです。自分が物事をどうとらえるのか、何を自分がいいと思うのかということをしっかり考えてほしいのです。もちろん、これから先々いろいろ学ぶことで、またいろいろな体験をすることで変わっていくことだと思います。その時々で自分が好きなことを自由に選べばよいのです。その代わり自分が選んだことに責任を持ち、また、他人が選んだことにも同様の敬意を払わなければいけません。それは孤独を感じる世界かもしれません。しかし、自由で一人ひとりを尊重した世界でもあります。夏目漱石の言う「自己本位」、精神科医の神谷美恵子の説く「使命感としての生きがいの大切さ」も同じことを表しているように思います。卒業に際し、これから皆さんがそのような「個としての自立」の気概を持つようになることを願っています。
 
 最後になりましたが、ご家族の皆様には、これまで、お子様の健やかな成長を願い、支えてこられました。そのことに対し、深く敬意を表すものでございます。眼の前のお子様の立派に成長された姿を前に喜びも一入の事と存じ、改めてお喜びを申し上げます。
 卒業生一人一人の前途に幸多きことを祈りつつ、また、ご臨席の皆様の益々のご健勝とご多幸を祈念しまして、式辞と致します。


  平成二十八年三月四日

香川県立高松桜井高等学校長 内海富啓 

2016年1月8日金曜日

3学期始業式 式辞

2016年になりました。皆さん、あけましておめでとうございます。正月は初詣に行ったり、雑煮を食べたりしたことと思います。私も近所の神社に行き、今年の平穏無事を祈ってきました。ところが、ついこの16日、近隣国が水爆実験を行ったというニュースが流れました。本当に水爆が開発されたのかどうかはまだはっきりしていないようで、その後の報道を注視する必要がありますが、今年も平和ということは大きな課題のようです。
 さて、今日はダーウィンの話をしましょう。チャールズ・ダーウィンは1809年、イングランド西部シュルーズベリーの裕福な家に生まれました。父は医者で母は陶器のブランドで有名なウエッジウッド社の創始者の娘です。子供の頃は、狩猟や昆虫採集に明け暮れ、勉強には熱心でない、いわば落ちこぼれでした。しかし、決して勉強が嫌いだったわけではなく、興味のあることには一生懸命になるタイプだったようです。やがて家業の医者を継ぐために、エジンバラ大学に進学しますが、残念ながら彼は医者には向いていませんでした。当時は、今と違って麻酔のなかった時代です。麻酔なしの子供の手術に立ち会って以来、手術の授業を欠席するようになり、しまいには退学してしまいます。
 医学の道を断念したダーウィンは、父親のすすめで今度はケンブリッジ大学で神学を学びました。息子の社会的に尊敬される仕事について欲しかった父親の勧めでしたが、ダーウィンは遊び呆けてばかりでした。しかし、地質学者の先生と植物学者の先生の二人の授業だけは熱心に受講し、個人的にも親しく親交を重ねることになります。
 1831年、大学を卒業して実家に帰っていた時、ダーウィンにとっての人生の転機とも言える出来事が起こります。母校のヘンズロー教授から「ビーグル号で世界一周のたびに出てみないか?」との誘いの手紙が届いたのです。ビーグル号とは、南アメリカ大陸の海岸線の調査や海図制作を目的とした世界一周の探検船で、乗船期間は5年間でした。ながいですね。そこでダーウィンが依頼された任務というのは、表向きは地質学者、実際には船長の「話し相手」というものでした。当時、船長は立場上、船員たちとの個人的な会話が禁じられていたので、孤独を癒やすための話し相手となる紳士がどうしても必要だったのです。
 好奇心旺盛なダーウィンにとっては願ったり叶ったりの話です。なんとか父親の許しを得た彼は、晴れてビーグル号に乗り込みます。彼には船長の話し相手以外に特別な任務があるわけではないので、船上では読書三昧の日々をすごしました。そして、地質学の本を読んだ時に、「神がこの世の全てを創造した」という考え方から離れて、「自然界の普遍法則によって自然を説明する」という新しい物の見方を学びました。また、ガラパゴスをはじめとする様々な地に降り立ち、ヨーロッパとは全く異なる生物、地質、人種、文化に触れたことも、後の彼にとって大きな財産となりました。
 南米では奴隷農場の暮らしを見て、人間としての尊厳を奪うシステムに大きな衝撃を受けます。そして、「人間に上下はなく、全て平等な存在としてみるべきだ」という当時としてはリベラルな考えを持つようになりました。
 このような彼の考え方が、進化論、すなわち、生物はみな平等な存在であると考えるようになり、自然界の限られた居場所においては、複雑な生物が高等なのではないということ、どんどん枝分かれして多様化すること(diversity)こそが、生存競争に勝つ鍵であるということなどの考えを生み出したのではないかと私は思います。
 5年間の旅を終えてイングランドに帰国したダーウィンは、旅先から送っていた標本類が貴重な資料として学会で大きな評判を呼んでいたので、おそらくは大学の教授の職につくことも出来たはずですが、彼が選んだのは、親の財産を食いつぶしながら好きなことだけを極める市井の研究者の道でした。その後、ダーウィンは生物の個体間の様々な競争の大切さに気づき、進化論者になりました。しかし、彼が『種の起源』を出版したのは、ビーグル号の旅から帰国して20年以上経ってからのことでした。20年ですよ!
 なぜ、これほど出版が遅れたのでしょう。それは、彼がこの理論を発表すべきかどうか迷っていたからです。キリスト教の教義を否定することにつながる進化論はある意味危険な論理です。そのため、彼は反論の余地が無いほど完成度の高い論文を作ろうとしました。そのために20年が過ぎてしまったともいえます。ではなぜ20年なのでしょう。それは、他の学者からほぼ同じ理論が書かれた手紙を受け取ったからです。このままでは先を越されてしまうかもしれないと思ったダーウィンは急遽、二人の共同発表という形をとって「自然淘汰説」と題した論文を学会で発表します。
 しかし、この時は思ったほどの反響がなく、一般向けの書物として『種の起源』を出版します。この本はたちまちベストセラーとなり、大反響を呼ぶことになりました。
 『種の起源』では半分以上のボリュームを使って、自説に対する異論や反論を想定し、それについての具体的な検証を行っていきます。ここがダーウィンの真骨頂です。事例を一つ挙げれば済むようなものであっても、出来る限りのデータを集め、多面的にそれを証明しようと試みました。こうしたプロセスを踏んで行くと、初めは曖昧に思えていた仮説も、どんどん確実で明確なものになっていきます。そして最後には誰も反論する余地が無い完璧な論理が構築されていくのです。
 彼が提唱した進化論自体も素晴らしいのですが、それを導き出す科学的、論理的思考プロセスこそが、真の科学者と言われる所以です。
 今日は、今から約二百年前に生まれたダーウィンについて話しました。
 最後に。
 三年生に。みなさんの多くは一週間ほどに迫ったセンター試験で頭がいっぱいのことと思います。「人はどんなに勉強しても、必ず「もっと勉強しておけばよかった」と後悔する」という言葉があります。人間は後悔する動物です。どうやらみんなそうなのですから、ポジティブに考え、体調管理に注意して、幸い今年は暖冬ですが、油断せずに本番に臨むようにしましょう。
 一、二年生に。「友人関係の悩み」というのを最近よく聞きます。イライラしてしまう……。しかし、そのイラッと来るのは、まるで自分を見ているようだからではないですか。もしそうなら、「自分」というものは、なかなか見えない、あるいは見たくないものですが、謙虚に直視して欲しいと思います。それでは、この3学期が実りある3学期となることを祈っています。

(ダーウィンについては『ダーウィン 種の起源 命はつながっている』 長谷川眞理子著 NHK出版 に負っています。)

2015年12月24日木曜日

2学期終業式 式辞

今日は大変暖かい終業式となりましたが、冬至が来て今は一年で最も陽の光の少ない時期です。今からだんだん日が伸びていくので、古代には冬至が一年の始まりでした。「一陽来復」という言葉があります。陰が極まって陽に転ずることで、冬至ひいては新年のことを著します。この意味から、冬の年中行事は火祭りの形をとるものが多いようです。冬至に柚子湯に入られた方もいると思います。冬至の日に風呂に柚子を入れて入ると体が温まり風邪知らずになるとか、この習慣は冬至と湯治の語呂合わせからとも言われていますが、かつては一年の始まりであった冬至に、柚子の香りや薬効で体を清める「禊」の意味があったといいます。

 さて、今年2015年は皆さんにはどのような年であったでしょうか。私自身は平和ということについて繰り返し考えさせられた年であったように思います。1月にはフランスでシャルリー・エブドという新聞社などが襲われる連続テロ事件がありました。また、過激派組織『イスラム国』で捕まった日本人ジャーナリストらが殺害されるという事件が起き、何も悪いことをしていない日本人が平然と殺される地域が世界にはあるのだと慄然としました。昨日も、日本人ジャーナリストがシリアで武装勢力に拘束されていると報道があったところです。4月には天皇がパラオを訪問され、戦争の慰霊碑に供花等をなされましたが、珊瑚礁で囲まれて綺麗なパラオの海には今も無数の不発弾が沈んでおり、今日も技術を持った元海上自衛隊員がその処理に従事している事を知りました。70年たっても、まだ不安が取り除けないでいる事実に驚くとともに安全を回復するのは大変なのだと改めて知りました。また、国会では集団的自衛権を一部行使出来るようにする法案が議論され、世論も大きく割れたようです。現代の平和のための体制とはいかようなものであるのか、日本はどういう道を目指せばよいのかを考えさせられました。11月にはフランスで連続テロ事件が起こり、平和な普通の暮らしが一瞬のうちに壊されるということが起きました。首謀者とみられる過激派組織「イスラム国」自体をアメリカもロシアも攻撃していますが、いまだに勢力を保っています。

 現実の世界は激しく動いており、私達の国の仕組みも大きく変わっています。日本や世界で起こっている事柄について常に関心を持ち続け、何が正しいかについてよく考え続けることが大切です。
 しかも、これからは18歳から選挙権があるということで、たちまち来年夏の参議院選挙では、18歳に達した人は有権者となります。政治に対して影響力を行使する資格を有することになるわけですから、今まで以上に報道されていることについて関心を持ち、自分の意見を醸成していって欲しいと思います。

 さて、明日からは冬休みです。冬休みは家庭の行事が多く、慌ただしいかもしれません。一方で寒く夜が長いこともあって集中しやすいと感じる人も多いでしょう。3年生は多くの皆さんがセンター試験に向けて最後の追い込みということになります。着実に実力もついてきているようです。桜井高生はこの時期によく力が伸びます。まとまった時間が取れるので、上手に気分転換もしながら頑張ってほしいと思います。進路が決まっている諸君は落ち着いた正月を迎えることと思います。しかし、大学入試は団体戦です。自分がやるべきことにじっくり取り組み、また桜井高校としての入試に向けた雰囲気作りにも貢献して欲しいと思います。1・2年生の皆さんは、自分の来年、再来年の姿がそこにあるわけですから先輩の様子をよく見て、それぞれ勉強に部活動に頑張ってもらいたいと思います。
 
 明治大学の教授で『声に出して読みたい日本語』などの著書のある齋藤孝さんは、テレビのコメンテーターの仕事もしています。テレビといいうメディアは講演や授業と違って時間の制約がとても多い。もっと長い時間、話したいしジョークも言いたい。でも思いどおりには出来ない。だから、最初は不完全燃焼だったそうです。しかし、ある時気付きます。テレビにはテレビのルールがあると。時間の制約もそうだし、求められる役割もある。ジョークを言うのは私ではなく、お笑い担当の芸人さんだろうと。そのことに気づいてから、随分物事が好転し始めたそうです。
 それぞれ求められていて、期待された役割がある。私たちはついつい他のことにはあれこれ口出しをしがちですが、では自分はどうか。自分が今求められていることを優先するのが大切である。このことは私も含めて多くの人に当てはまるのではないでしょうか。


 皆さんそれぞれが健康で充実した冬休みを過ごされることと、ご家族とともに良いお年を迎えられることを祈っております。

2015年11月24日火曜日

人権講演会が行われました

平成27年11月19日

人権講演会が行われました

 徳武産業株式会社の十河孝男さんに全校生徒対象の講演をお願いしました。十河さんは高齢者向けのケアシューズである「あゆみシューズ」を製造・販売している方です。
当初は、十河さんが足にトラブルを起こした方の片方だけ靴を売ってほしいという希望に応じると、同業者から在庫の山ができてしまうと笑われたそうです。そののち、いろいろな要望に応える靴を作って売るようになり、その世界で頑張ろうと決めました。


損得でなく善悪である、と考えたそうです。でも、業界の常識にはずれることもたくさんあり、大変な苦労をされたそうです。そのうち、ニッチ・マーケット(隙間市場)であったということもあって、今ではこの分野では日本一のシェアをもつ会社に育ちました。

 十河さんの会社には年間千通ほどの礼状が来るそうです。「人を大切に」という気持ちは本当に大切なものです。困難もあるでしょうが、それを仕事にできることは素晴らしいことだと思います。

「苦しい時には、その壁を超えることが求められている。また、目標を具体的に描け、そうすれば、困難を乗り越える力がわいてくる」と十河さんは力強く、本校生を励ましてくださいました。
 全体の講演終了後も、質問に訪れた生徒一人ひとりに、具体的なアドバイスをいただきました。十河さんどうもありがとうございました。

2015年11月18日水曜日

サイエンス・ダイアローグ その2

平成27年11月13日

サイエンス・ダイアローグ その2


 今日は「サイエンス・ダイアローグ その2」がありました。今回の講師はカメルーン人のメンジョ・ジュウド・ウィルムンさんです。ジュウドさんは平塚市から来ました。今は東海大学の大場研究室に所属しています。

 ジュウドさんの国カメルーンの名前の由来は「エビが多い」ということだそうです。カメルーンでは英語が公用語のところが2州、フランス語が公用語のところが8州ありますが、ジュウドさんのところは英語が公用語で、カメルーンでは少数派だそうです。
 世界ではたくさんの子どもが水が悪いために、下痢を起こすなどで命を落としています。カメルーンでも硝酸化合物を含む水が、たくさんの人を苦しめているそうです。ジュウドさんはカメルーンの水事情を改善して子どもの命を救いたいと考えて科学者になったのだそうです。
 
 カメルーンではかつて、湖の周辺で1,700人以上の人とたくさんの牛などの家畜が謎の死を遂げたことがありました。ジュウドさんはそのとき7歳で、たいへん怖かったそうです。このときの原因は「湖水爆発」という、火口湖からたくさんの二酸化炭素が一気に噴き出す現象が起こったからだと言われています。ジュウドさんはこの研究のために日本に留学して博士号を取りました。

 そのほか同位体の割合で水の素性(どこに降った水か)がわかるとか、いろいろ興味深い話をしてくださいました。生徒からもかなり突っ込んだ質問が出ていました。ジュウドさん、どうもありがとうございました。アフリカに帰ったら、カメルーンの子どもたちのために、頑張ってください。

EUがやってきた

平成27年11月11日

EUがやってきた

 今日はEUについて知ってもらおうということで、リトアニア共和国の大使夫人メイルーニエネ氏(Ms. Galina Meiluniene)が本校に来てくださり、1,2年生対象にEUについて、またリトアニアについて話してくれました。
 EUの持っている4つの基本理念は、
        1 Democracy
                2 Market Economy
        3 Rule of Law
                  Human Rights
だそうです。また、EUの旗には12の星が描かれていますが、12というのは国の名前ではなく、ダースのような数のまとまりということだそうです。
また、リトアニアについても教えてくれました。現在ではリトアニアからの留学生は大変多くなり50人くらいいるが、かつては大変少なかった(1、2人)こと(リトアニアの人口は約300万人)、自分もかつては日本に留学していたこと、留学していたことが現在に大変役立っていること、日本人に是非リトアニアに来てほしいこと、リトアニア人は杉原千畝にはたいそう感謝していることなどを話してくれました。
 そのあと、質問に答えてくれました。スターリンが話題になったときには、スターリンのしたことを具体的に上げ、リトアニア人がスターリンに対して持っている気持ちを赤裸々に語ってくれました。

 控室では、生徒がクラスでこしらえたメッセージカードを届けてくれ、大変喜んで受け取っていました。

チャーミングで聡明な方でした。私もいつの日にかリトアニアに行くと約束してしまいました。

2015年11月11日水曜日

多肥地区一斉清掃(「香川さわやかロード」)に参加しました

平成27年11月8日

多肥地区一斉清掃(「香川さわやかロード」)に参加しました


 雨模様の天気もなんとかもって(降りそうで降らない香川県)、今日は多肥地区の一斉清掃が行われました。これは香川県の「香川さわやかロード」の取り組みでもあります。本校生徒と教職員、運動部や生徒会・吹奏楽部を中心に総勢200名ほどが8時に学校に集合し、参加しました。もっとも3年生は校外模試をしていましたが。

 秋も結構深まり、道端の雑草も枯れかけています。雑草も意外と抜きやすい! 雨模様が幸いしました。

 終わった後、生徒会の用意したジュースを飲んで、解散しました。

サイエンス ダイアローグ その1

平成27年11月6日

サイエンス ダイアローグ その1 
Studying the Universe and its history



 高校生と最前線の若手科学者と語り合う、「サイエンス ダイアローグ」が行われました。今回本校においでになったのは、フランス人の Florent Duval さん。東京大学ICRRの天文学者です。東京大学ICCR(宇宙線研究所)とは、あの今年ノーベル賞を受賞した梶田隆章さんが所長をしているところです。梶田さんとは私も縁のようなものを感じていますが、それはさておき、われわれとのコミュニケーションのツールは英語ということになります。Duval さんの英語を、私は必死で聞きました。100%はわかりませんでしたが、Duvalさんが何度も言い換えて丁寧に話してくれたのでだいたいはわかったように思います。生徒諸君も似た感じだったのかな。

講義のあといろいろ質問が出て面白かった。宇宙が拡張しているのなら、分子間の距離も広がっているのか、とか、けっこうど真ん中の質問が出ていたように思います。とにかくビッグバンが 13.8 ( thirteen point eight ) billions years ago に起こったというのは頭に強く残りました。
私が感じたのは、英語の力も大切だけど、慣れればコミュニケーションは何とかとれる、それより、宇宙物理について、あるいは世の中のリアル(真実)についてもっと確かなイメージを持ちたい、ということです。生徒と一緒に参加して、こちらも若返ったような気がしました。

Monsieur Florent Duval, エキサイティングな話と質問に対する丁寧な解説、どうもありがとうございました。

来週は、カメルーン人の Dr. Mengnjo Jude Wirmvem が来てくれます。今度のタイトルは、「Hydrogeochemistory and Isotope Hydrogy Significance to human livelihood~」(水門地球科学と同位体水文学)です。楽しみです。

北原先生の本が新聞に取り上げられています

平成27年11月7日

北原先生の本が新聞に取り上げられています

北原先生が本を出版されたことを、以前、書きましたが、新聞でも紹介されています。

  四国新聞   平成27915日朝刊

  朝日新聞   平成27116日朝刊

2015年10月29日木曜日

「学探」で清水章弘氏の講演会が行われました.

10月28日
「学」で清水章弘氏の講演会が行われました
(『学び方探究』「総合的な学習の時間」の取組み)

 本校の総合的な学習の時間の取組みである『学び方探究』の一環として、10月21日(水)7校時、清水章弘氏の講演会が行われました。体育館で、12年生全員が清水氏が考案した『返し縫い学習法』を実際にやりながら話を聞いて、勉強へのやる気がより強くなったようです。
 清水氏は「Chance for Change」をキャッチフレーズにプラスティーという会社を立ち上げ、代表を務めています。様々な教育活動への取り組みをされている方で、『習慣を変えると頭がよくなる』、『自分でも驚くほど成績が上がる勉強法』等の本を出され、この2冊はもちろん、他にもアマゾンの「学習指導部門」でランキング1位となった著書をお持ちです。

 本校では、効果的な学習法という観点からお話をいただきました。講演のあと、希望者対象に清水さんとの対談の時間をもったところ、たくさんの生徒が集まりました。集まった生徒全員に質問用紙を配り、質問を書いてもらったところ、清水さんはすべてに目を通して、答えてくれました。時間が大幅にオーバーしたにもかかわらず、帰りの飛行機の時間が許すまでお話ししてくださいました。

参加した生徒も、自分の質問に対し明快な回答を聞くことができて、迷いが吹っ飛んだようでした。頑張れ、高松桜井生!

2015年10月26日月曜日

本校国語科 北原峰樹先生が、本を出版されました。

平成271026

北原先生(国語科)が本を出版


 このたび、本校の北原先生が本を出版されました。四国新聞でも紹介されています(平成27915日朝刊)。実は北原先生はこれまで、翻訳書として『物語でつづる中国古代神話』(美巧社)、共著として『治水神禹王をたずねる旅』(人文書院)、編著として『大禹謨再発見~それを受け継ぐ人たち~』(美巧社)という本をそれぞれ出版しています。今回出されたのは『平田三郎の生涯~大禹謨を世に出した人~』という本です。その本の内容がどのようなものか。ご本人にいくつか質問をしてみました。

Q そもそも「大禹謨(だいうぼ)とは何ですか
A ここでは「大禹謨」の三文字が彫られている石碑のことを指しています。この石碑は江戸時代の初めに、伊賀上野から讃岐に派遣されて満濃池の修築など、讃岐の治水に大きく貢献をした西嶋八兵衛が建てたとされています。香東川はかつて香川町大野のあたりで二股に分かれていたそうですが、西嶋八兵衛は高松の街づくりや新田開発などのために西側の流れ一本にしました。その工事が終わって、今後の安全を祈願して建てたものと思われます。今その石碑は栗林公園の商工奨励館の中庭に安置されていて、もとあった大野にはレプリカが建てられています。
Q 「大禹謨」の3文字には何か意味があるのですか
A 「禹」とは中国にある黄河の洪水を治めた神さまの名前です。古代中国の聖人という言われかたもします。これまで「大禹謨」とは「大いなる禹のはかりごと」とされることが多かったのですが、実はこの3文字は『書経』の篇の名前で、「~謨」というのは臣下が帝王の質問に答える形で自分の意見を進言する内容の文章です。その内容まで知っていた西嶋八兵衛がこの3文字を選んだのは、当時の生駒藩に対するある思いがあると推測するのですが、詳細は『大禹謨再発見~それを受け継ぐ人たち~』をご覧ください。
Q 「平田三郎が大禹謨を世に出した」とはどういうことですか。
A この「大禹謨」の石碑は長い間埋もれていました。江戸時代や明治時代の書物にも見られません。それが大正元年、香東川の氾濫のあと、堤防工事の際に偶然拾い上げられたのです。ただ当時はそれが何かはっきり理解されず、お墓かもしれないということで近くの薬師如来の横に安置されました。そして時が流れ、昭和20年秋、高松大空襲で大野に疎開していた平田三郎が娘婿と散歩中、ほとんど埋もれていた「石」に文字が刻まれていることに気づき、掘り起こしました。この人はかつて小学校の校長先生をされ、高松市史の編集にも携わった郷土史家でもありました。この「大禹謨」の文字を見て、これは『書経』にある言葉で、禹とは中国の治水神のこと、この地にこうした碑を立てるのは西嶋八兵衛ではないかと思い至ったのです。伊賀上野まで写真を送って確認をお願いしましたが、正式な回答を得られないうちに亡くなってしまいました。しかし、この方がいなければ、「大禹謨」はその価値も見いだされないどころか、そのまま土の中に埋もれてしまった可能性もあります。昭和20年、書物もなかった疎開先で偶然目にした「大禹謨」の3文字から、禹や『書経』、西嶋八兵衛とのつながりまでひらめいた、その人の教養の深さを明らかにしようとしました。
Q 今回この本を出版しようとしたきっかけは何ですか。
A 2年前に「大禹謨」に関する本を出しましたが、その時は、「大禹謨」が再発見されるいきさつや、この3文字にこめられた意味など、「大禹謨」に関する研究や資料を集めたものでした。その編集の途中で、50年前の雑誌に、郷土史家である福家惣衛という人がこの平田三郎について詳細に記録した記事が連載されているのを見つけました。それを埋もれさせないようにしようと思ったことです。
Q 今回何か工夫をしたことがありますか
A 福家惣衛さんが残したのは文章だけでしたので、読者に少しでも興味をもって読んでもらうために、あちらこちらを取材して回り、写真や資料を集めました。そして、文章は右側、それに関連する写真や資料は「トピック」という形で左側にくるようにして、左側を眺めるだけでも、平田三郎の生い立ちや、その時代背景がわかるようにしました。そのほか平田三郎に関係ある人やその人からのメッセージを入れることで、より立体的に平田三郎の生涯を描こうとしたところです。

 文化の秋、郷土史に興味を持っている皆さんはご一読されてはいかがでしょうか。

B5版138p 1080 問い合わせは美巧社087-833-5811へ)

2015年9月4日金曜日

文化祭 開祭式 校長あいさつ より

人間は精神である。精神とは何であるか? 
精神とは自己である。自己とは何であるか?
自己とは自己自身に関係する所の関係である。
すなわち、関係ということには関係が自己自身に関係するものなることが含まれている──それで自己とは単なる関係でなしに、関係が自己自身に関係するというそのことである。
                         『死に至る病』より

2015年9月1日火曜日

平成27年度 第2学期始業式式辞

8月末からにわかに気温も下がり、ずいぶんしのぎやすくなりました。この涼しさは、例年だと彼岸過ぎくらいなのではないかと思います。今年が涼しいのか、最近が少し暑すぎるのかはわかりませんが、朝夕には虫も鳴き、すっかり秋の風情が漂っています。
 日本の夏は蒸し暑く、学者の世界では諸外国と比べ3ケ月のハンディがあると、私が若いころは言われていたものです。この今年の天の恵みを皆さんには活用してもらいたいと思います。

 今年の夏は、戦後70年ということで、首相談話も出され、戦争や平和について多くのことが語られました。また、皆さんもよく知っているように、今、国会で安全保障法案について審議が進んでおり、それに関した報道もたくさんありました。昨日の新聞には、安全保障法案に反対するデモが国会前で行われ、歩道が参加者であふれたので警察が車道を開放したと報じられています。大学生もSEALDsStudents Emergency Action for Liberal & Democracy-s)などの団体をこしらえ参加しているそうです。デモは「集会・結社の自由」として憲法で保障されています。安全保障法案に賛成の意見もあります。若者は理想や建前に走り、戦争の現実を知らないという意見や、声を出すのなら選挙にも行くべきで投票率低下は民主主義にとって危機だ、という若者への意見もあります。新聞等でも賛成・反対いろいろな意見が交わされたので、今年の夏は、今まで以上に戦争や平和についてじっくり考える夏となったのではないでしょうか。

 その選挙についてですが、来年度からは、選挙権年齢が18歳に引き下げられます。今の2年生は、来年の参議院選挙の際に18歳になっている人は選挙権があるということです。これまで以上に皆さんには、公民としての成熟が求められています。社会で起きる様々なできごとに対して、多様な意見を謙虚かつ貪欲に求め、できれば自分の立場を固定せず柔軟さを保ち、粘り強く考え、よりよい未来を創っていく、そういう人になってほしいと思います。

 1学期末の「職員生徒協議会」でパネル応援について話し合いました。アンケートによると今年度は生徒の94%が応援合戦をしてよかったと、答えています。話し合いの内容については、生徒会からまとめが配られると思いますが、生徒諸君からも授業確保とか審査結果の発表方法について、建設的な意見が出されました。今回もオブザーバーが少なかったのが残念ですが、大変素晴らしい話し合いの会になったと思います。そこで結論です。パネル応援については継続します。生徒の意欲が強く、充実したものになることが期待できること、先生方からも生徒の主体性を育てるうえで教育的であるとの意見があったこと等を踏まえてのものです。職員生徒協議会の話し合いの場で出た意見は是非、来年度の運営に反映させていってもらいたいと思います。ただし、今後も今年のように生徒が自主性を育くみ、集中した集団行動を行うのなら、という条件付きです。ダラダラして成果が認められないようなら、やめようと思います。

校内ではこれから文化祭です。1,2年生中心に準備がまさに佳境に入ろうとしています。特に1年生は、初めてで何もよくわからないとは思いますが、しっかり取り組んでもらいたいと思います。それから、全校生にお願いですが、パネル応援の実施について検討したことを思い出し、学校行事とは何か、何のためのお祭り騒ぎか、どう楽しむべきかを、各人考えて文化祭に参加してほしいと思います。本校生は1を聞いて10を知る、ということができる、と思っています。
 秋は実りの時です。1,2年生は学校行事にも勉学にも部活動にも、力いっぱい取り組んで、自分の人間力を大きくしてほしいと思います。また、秋の夕日はつるべ落としとも言います。秋は時間の大切さを感じる時でもあります。2学期が充実した時となることを願っています。

 3年生は、受験勉強、あるいは就職準備の夏、うまく過ごせましたか。「夏を制する者は受験を制する」と言われます。現役生にとっては特に夏休みを過ぎると、毎日がとても速く過ぎていくことと思います。しかし、大切なのは、日々、リズムよく勉強を積み重ねることです。大人になればなるほど、「努力する能力」が大切になってきます。どんなに頭のいい人でも、やらずにできるわけがないのですから。また、7月の模試の結果にも、悩んでいる人もいるかもしれません。自分の不得意なところを見つけ、その手当をし、また、得意なところを伸ばしましょう。ちなみに、昨年の3年生も、7月模試では結構苦労していました。でも、成果を出していきました。皆さんにも必ずできます。受験勉強は実は長い。3月まで中下旬まであります。まだまだ時間はあります。焦らず、空回りしないよう計画的に勉強してください。
 
今日は、このあと、県会議員からお話があります。これは、このたび香川県議会において、選挙年齢の引き下げが、政治への関心の高まりにつながるよう、「高校生議会」を開くことになったことを受けてのことです。それで、そのことについての説明を香川県議会議員にしていただくことになりました。本校では、香川県議会議員 松原哲也 さんにしていただくことになっています。よく聞いてください。終わります。


平成27年9月1日

2015年8月3日月曜日

吹奏楽のコンクールに行ってきました

毎日、大変な暑さが続いていますが、皆さん、お変わりございませんか。
今日(7月31日)は全日本吹奏楽コンクール 香川県大会 に、あなぶき大ホールへ来ています。本校は高等学校A部門に出演し、課題曲Ⅱと自由曲は歌劇「マノン・レスコー」より を演奏しました。
指揮は小林由希子先生でした。熱のこもったいい演奏でした。

結果は銀賞で、昨年と連続の四国大会出場はなりませんでした。でも、吹奏楽部員一人ひとりは、全部やりきった、という思いでいっぱいだったに違いありません。よくやった!お疲れ様でした。

2015年7月24日金曜日

平成26年12月24日

今年のノーベル賞は物理学賞に赤崎勇教授、天野浩教授、中村修二教授の3人が
選ばれました。
日本人が3人も選ばれ、また、青色発光ダイオードは私たちの世界を変えつつある
ことに喜びを感じます。
一方、平和賞は17歳のマララ・ユスコザイさんが受賞しました。
皆さんも知っているように、マララさんは2年前タリバーンの襲撃を受け、
首と頭に2発の銃弾を受け、その後奇跡的に回復しました。
彼女がタリバーンに狙われたのは、タリバーンの女子校破壊など
女性の教育を受ける権利を奪う活動を批判し、女性への教育の必要性や
平和を訴える活動をしたからです。
彼女は銃撃事件後の国連でのスピーチで、こう言っています。
抜粋です。
私は声を上げます。といっても、声高に叫ぶ私の声を届けるためではありません。
声が聞こえてこない「声なき人々」のためにです。それは、自分たちの権利のために
闘っている人たちのことです。
平和に生活する権利、尊厳を持って扱われる権利、均等な機会の権利、そして
教育を受ける権利です「ペンは剣よりも強し」ということわざがあります。
これは真実です。過激派は本とペンを恐れます。教育の力が彼らを恐れさせます。
彼らは女性を恐れています。女性の声の力が彼らを恐れさせるのです。
私たちの学校にいた少年に、あるジャーナリストがこんなことを尋ねていたのを
覚えています。「なぜタリバーンは教育に反対しているの?」。
彼は自分の本を指さしながら、とてもシンプルに答えました。
「タリバーンはこの本の中に書かれていることがわからないからだよ」
パキスタンは平和を愛する民主的な国です。
パシュトゥン人は自分たちの娘や息子に教育を与えたいと思っています。
イスラムは平和、慈悲、兄弟愛の宗教です。
すべての子どもに教育を与えることは義務であり責任である、と言っています。
無学、貧困、そしてテロリズムと闘いましょう。
本を手に取り、ペンを握りましょう。
それが私たちにとってもっとも強力な武器なのです。
1人の子ども、1人の教師、1冊の本、そして1本のペン、それで世界を変えられます。
教育こそがただ一つの解決策です。エデュケーション・ファースト
(教育を第一に)。」
日本では、第2次世界大戦後、女性の解放や教育の自由主義化が行われ、
女性の社会的地位の向上、教育における男女平等が図られました。
しかし、皆さんにとっては当たり前のことが、決して当たり前でない世界があり、
そこで17歳の少女が勇敢に行動しているということを、胸に留めておいてほしいのと、
教育を受ける権利の大切さとそれを支えている平和ということの大切さと、
自分にできることは何かについてよく考えてほしいと思います。
                                                             (平成261224日)

2015年7月23日木曜日

本校生、高校生オーストラリアタスマニア派遣団に選ばれる!

平成27年度の高校生オーストラリアタスマニア派遣団(公益財団法人かがわ海外交流財団 下村正治理事長)の一員に本校生が選ばれました。今日はその結団式・壮行式に参加してきました。
 13日間、オーストラリアタスマニア州プロスペクトハイスクールを訪問し、ホームステイを体験しながら高校生や現地の人と交流を深めるプログラムです。
 しっかり国際交流に努めてきてほしいと思います。いい経験になるように。何よりそのチャレンジ精神に拍手!

2015年7月17日金曜日

1学期終業式で話したかったこと

1学期に終わりにやってきた台風11号は、終業式を吹き飛ばしてしまいました。また、国会では日本の安全保障の仕組みを大きく変える法案が衆議院を通過しました。この2015年の7月は、皆さんが大人になった後で、記憶に大きく残る時となるかもしれません。
 皆さんのこの1学期の過ごし方はどうだったでしょうか。皆さん一人ひとり、4月から今までの自分の過ごし方を振り返ってもらいたいと思います。区切りでしっかり考えるのは大切なことです。なぜなら、よく考えることは自己変容につながるからです。人間は意識することによって、自分を変えていくことができます。自分で自分を律すること、ドイツの哲学者カントはそこに人間の尊厳を見出しました。しかしそのような意志の力を生ずるには、よく考えることが不可欠です。
 さて、区切りの時に当たって、自分についてよく考えることは大切です。今日は、それだけでなく、自分をとりまく社会について考えることの大切さについてお話しします。
 皆さんは今、人生の中で大変多感な時期を過ごしています。物事を柔軟にとらえて深く感じることができる時です。そのようなときにいろんなものを見て、聞いて、話してみてほしいと思います。むつかしい社会問題になると「見ざる、聞かざる、言わざる」を決め込んでいる人が多いように思います。これではだめだと思います。いろいろむつかしい問題についても、一面的な解釈で済まさずに、いろんな視点からじっくり考えることが大切だと思います。マスメディアでは、この頃は「はっきりものを言う」人物がもてはやされる傾向がありますが、もちろん大切なのは言っている内容です。ヒトラーはずいぶんはっきりと明快に話していました。とにかく、じっくり考えること。自分の頭を使わずに楽をしているばかりでは、私たちをとりまく本当の世界は見えてきません。
 イタリアの映画監督で、小説家のピエルパオロ・パゾリーニはこう言っています。
「消費社会は民主主義をどんどん破壊していくだろう。新しい『モノ』を手に入れるごとに、それと引き換えに、民衆は自由を失っていくだろう」
 確かに自分をとりまく社会について自分の頭で考え、行動するのは大変なことです。それより、おいしい店に行って人気料理を食べるとか、おしゃれな店に行ってショッピングするほうが楽しいに決まっています。日本のような高度消費社会では、そのような楽しみはすぐ手近にあります。でもやはり、それだけではだめなのです。自由は、私たちが「モノ」中心のライフスタイルに慣れ、「どう生きるべきか」を考えるのをやめたときに、消えてなくなるのです。自由がなくなった社会がどんなに悲惨なものかは、世界の様々な独裁国家を見ればすぐわかります。
 これから先、皆さんも20歳になり、40歳になり、60歳になっていきます。その時の社会が、今よりも少しずつでもよいものとなるよう、努めてもらいたい。

 今から長い夏休みが始まります。この時期は戦争や平和についても大きく報道される時です。それも私たちの考えるべきことの一つだと思います。皆さんにはぜひ、自分をとりまく社会のことを、さまざまな角度から、受け身でなく、自分から能動的に考えていく姿勢を養ってほしいと思います。

2015年6月29日月曜日

総体、四国大会、高校放送コンテスト 頑張ッテマス!

  平成27年6月7日
高校総体 水泳競技

 平成27年度総体の水泳競技会場である香川県立総合水泳プールです。今年は、県高校新記録が1つ、大会新記録が3つ出ました。高松桜井高校は、なんと女子が総合優勝しました。スバラシイ。これは、本校としては初の快挙です。他の競技でも、陸上やり投げ1位、テニス団体女子準優勝などの情報が入ってきました。
生徒の頑張りに拍手!                    


平成27620
四国選手権大会 陸上競技

 今日は、四国大会の応援に鳴門に来ています。鳴門大塚スポーツパークのポカリスエットスタジアムで陸上競技が行われています。
男子400mを観戦。本校は見事、予選を突破しました。

平成27620
四国選手権大会 剣道競技

 こちらは、同じ敷地内のソイジョイ武道館。四国選手権大会 剣道 男子団体戦です。強豪が集まり、息詰まる雰囲気の中、裂帛の気合いの掛け声が響き渡るなか、本校生も熱戦を展開しています。



平成27621
香川県高等学校放送コンテスト

 今日は、高校放送コンテスト。アナウンス部門、朗読部門、テレビとラジオの番組制作の部門があります。
アナウンス部門と朗読部門は、今日、予選と決勝が行われました。
優秀者は夏のNHK杯全国高校放送コンテストに出場します。
審査員には、専門のアナウンサーの方に就いていただいています。
 高松桜井高校は、アナウンス部門第2位、朗読部門第2位をかち取り、アナウンス部門総合第2位となりました。2名がNHK杯に出場です。

おめでとう!