2016年1月8日金曜日

3学期始業式 式辞

2016年になりました。皆さん、あけましておめでとうございます。正月は初詣に行ったり、雑煮を食べたりしたことと思います。私も近所の神社に行き、今年の平穏無事を祈ってきました。ところが、ついこの16日、近隣国が水爆実験を行ったというニュースが流れました。本当に水爆が開発されたのかどうかはまだはっきりしていないようで、その後の報道を注視する必要がありますが、今年も平和ということは大きな課題のようです。
 さて、今日はダーウィンの話をしましょう。チャールズ・ダーウィンは1809年、イングランド西部シュルーズベリーの裕福な家に生まれました。父は医者で母は陶器のブランドで有名なウエッジウッド社の創始者の娘です。子供の頃は、狩猟や昆虫採集に明け暮れ、勉強には熱心でない、いわば落ちこぼれでした。しかし、決して勉強が嫌いだったわけではなく、興味のあることには一生懸命になるタイプだったようです。やがて家業の医者を継ぐために、エジンバラ大学に進学しますが、残念ながら彼は医者には向いていませんでした。当時は、今と違って麻酔のなかった時代です。麻酔なしの子供の手術に立ち会って以来、手術の授業を欠席するようになり、しまいには退学してしまいます。
 医学の道を断念したダーウィンは、父親のすすめで今度はケンブリッジ大学で神学を学びました。息子の社会的に尊敬される仕事について欲しかった父親の勧めでしたが、ダーウィンは遊び呆けてばかりでした。しかし、地質学者の先生と植物学者の先生の二人の授業だけは熱心に受講し、個人的にも親しく親交を重ねることになります。
 1831年、大学を卒業して実家に帰っていた時、ダーウィンにとっての人生の転機とも言える出来事が起こります。母校のヘンズロー教授から「ビーグル号で世界一周のたびに出てみないか?」との誘いの手紙が届いたのです。ビーグル号とは、南アメリカ大陸の海岸線の調査や海図制作を目的とした世界一周の探検船で、乗船期間は5年間でした。ながいですね。そこでダーウィンが依頼された任務というのは、表向きは地質学者、実際には船長の「話し相手」というものでした。当時、船長は立場上、船員たちとの個人的な会話が禁じられていたので、孤独を癒やすための話し相手となる紳士がどうしても必要だったのです。
 好奇心旺盛なダーウィンにとっては願ったり叶ったりの話です。なんとか父親の許しを得た彼は、晴れてビーグル号に乗り込みます。彼には船長の話し相手以外に特別な任務があるわけではないので、船上では読書三昧の日々をすごしました。そして、地質学の本を読んだ時に、「神がこの世の全てを創造した」という考え方から離れて、「自然界の普遍法則によって自然を説明する」という新しい物の見方を学びました。また、ガラパゴスをはじめとする様々な地に降り立ち、ヨーロッパとは全く異なる生物、地質、人種、文化に触れたことも、後の彼にとって大きな財産となりました。
 南米では奴隷農場の暮らしを見て、人間としての尊厳を奪うシステムに大きな衝撃を受けます。そして、「人間に上下はなく、全て平等な存在としてみるべきだ」という当時としてはリベラルな考えを持つようになりました。
 このような彼の考え方が、進化論、すなわち、生物はみな平等な存在であると考えるようになり、自然界の限られた居場所においては、複雑な生物が高等なのではないということ、どんどん枝分かれして多様化すること(diversity)こそが、生存競争に勝つ鍵であるということなどの考えを生み出したのではないかと私は思います。
 5年間の旅を終えてイングランドに帰国したダーウィンは、旅先から送っていた標本類が貴重な資料として学会で大きな評判を呼んでいたので、おそらくは大学の教授の職につくことも出来たはずですが、彼が選んだのは、親の財産を食いつぶしながら好きなことだけを極める市井の研究者の道でした。その後、ダーウィンは生物の個体間の様々な競争の大切さに気づき、進化論者になりました。しかし、彼が『種の起源』を出版したのは、ビーグル号の旅から帰国して20年以上経ってからのことでした。20年ですよ!
 なぜ、これほど出版が遅れたのでしょう。それは、彼がこの理論を発表すべきかどうか迷っていたからです。キリスト教の教義を否定することにつながる進化論はある意味危険な論理です。そのため、彼は反論の余地が無いほど完成度の高い論文を作ろうとしました。そのために20年が過ぎてしまったともいえます。ではなぜ20年なのでしょう。それは、他の学者からほぼ同じ理論が書かれた手紙を受け取ったからです。このままでは先を越されてしまうかもしれないと思ったダーウィンは急遽、二人の共同発表という形をとって「自然淘汰説」と題した論文を学会で発表します。
 しかし、この時は思ったほどの反響がなく、一般向けの書物として『種の起源』を出版します。この本はたちまちベストセラーとなり、大反響を呼ぶことになりました。
 『種の起源』では半分以上のボリュームを使って、自説に対する異論や反論を想定し、それについての具体的な検証を行っていきます。ここがダーウィンの真骨頂です。事例を一つ挙げれば済むようなものであっても、出来る限りのデータを集め、多面的にそれを証明しようと試みました。こうしたプロセスを踏んで行くと、初めは曖昧に思えていた仮説も、どんどん確実で明確なものになっていきます。そして最後には誰も反論する余地が無い完璧な論理が構築されていくのです。
 彼が提唱した進化論自体も素晴らしいのですが、それを導き出す科学的、論理的思考プロセスこそが、真の科学者と言われる所以です。
 今日は、今から約二百年前に生まれたダーウィンについて話しました。
 最後に。
 三年生に。みなさんの多くは一週間ほどに迫ったセンター試験で頭がいっぱいのことと思います。「人はどんなに勉強しても、必ず「もっと勉強しておけばよかった」と後悔する」という言葉があります。人間は後悔する動物です。どうやらみんなそうなのですから、ポジティブに考え、体調管理に注意して、幸い今年は暖冬ですが、油断せずに本番に臨むようにしましょう。
 一、二年生に。「友人関係の悩み」というのを最近よく聞きます。イライラしてしまう……。しかし、そのイラッと来るのは、まるで自分を見ているようだからではないですか。もしそうなら、「自分」というものは、なかなか見えない、あるいは見たくないものですが、謙虚に直視して欲しいと思います。それでは、この3学期が実りある3学期となることを祈っています。

(ダーウィンについては『ダーウィン 種の起源 命はつながっている』 長谷川眞理子著 NHK出版 に負っています。)